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その戦略を任せたい人は今いちばん異動させたくない人

新規事業を任せたい人を挙げると、既存事業で大活躍している人の名前が出てくる。ところが、その人を動かす話になると、急に会議が止まる。人事中計が必要になるのは、まさにこの瞬間です。

担い手を聞くと戦略の現実が見えてくる

経営者から新しい事業構想を伺ったとき、私がよく投げかける質問があります。「すごくいい戦略ですね。それは誰がやるんですか。担い手はいますか。」

難しい質問ではありません。それでも、これだけで場の空気が変わることがあります。候補者を考えてみると、名前が挙がるのは、いまの事業を支えている実力者ばかりだからです。「あの人ならできる。でも、いま抜けられると困る」。期待する未来と、手放せない現在が、同じ人を取り合い始めます。

ここで「人事が何とかする」で議論を閉じると、事業計画の中には、実際には動かせない人がいることになります。名簿には載せられても、事業は始まりません。

優秀な人がいても任せられるとは限らない

人材ポートフォリオというと、どんなスキルを持つ人が何人いるかを整理するものだと思われがちです。しかし、経営にとって必要なのは、その人が必要な時期に力を発揮できるか、というところまで含めた情報です。

例えば、新規事業の責任者を半年後に異動させたいなら、現在の仕事を誰へ引き継ぐのか。そもそも、その仕事を今と同じやり方で続ける必要があるのか。後任に任せる準備には何カ月かかるのか。本人は新しい役割をどう受け止めているのか。異動先の空欄だけを見ても、答えは出ません。

さらに、人を送り出す部門長の評価が、今年の自部門の利益だけで決まるなら、協力するほど不利になる場合があります。全社では新規事業を応援し、部門では戦力を守る。どちらも与えられた目標に忠実なのに、会社としては動けないのです。

だから私は、担い手の有無と併せて「この事業を育てるとき、皆さんは部門を越えて協力し合いますか」と伺います。人の能力と、人を生かす組織の仕組みは、セットで考える必要があります。

人事から経営へ選択肢を返す

人事中計で行うのは、必要人数の取りまとめだけではありません。事業開始までに人を動かせるよう、引き継ぎ、業務の見直し、育成、評価を組み合わせることです。

それでも担い手が間に合わなければ、経営へ選択肢を返します。例えば、事業の立ち上げ範囲を絞る案、既存業務を減らして責任者を動かす案、外部の専門家と社内人材を組み合わせる案。それぞれの開始時期、費用、残るリスクを並べれば、経営として決めるべきことが見えてきます。

CHROや人事責任者が存在感を発揮するのは、このような議論だと思います。「人がいません」で止めず、どの条件を変えれば戦略を実行できるかを示す。人事からの問いによって、事業計画そのものが具体的になります。

刊行予定の『人事中計の作り方』(仮題)では、人材ポートフォリオを、必要な役割やスキル、要員数、配置、育成へつなげて考えます。人の一覧をつくった後に何を決めるのか。そこまで扱いたかったのです。 次の事業計画を読むときは、担い手の名前だけでなく、その人をいつ、どう動かせるかを確かめてみてください。会社の本当の課題は、その一段先にあるかもしれません。